ぬかるみ

黒と白の殺意

黒と白の殺意

『黒と白の殺意』
囲碁の世界を舞台にしたミステリ。
と思いきや、主人公が棋士なだけであまり謎に囲碁は絡んでこない。
トリックにも論理にも見るべきものはないし、現代の暗黒を見るには描写が浅薄で唐突で人間が不足だ。なんつーか、どいつもこいつもほんとにクールなドラマのキャラクタのように、生きていることに必死じゃない。ドライで飄々としていて、生きていることに苦しんでいるように見えない。もしも書かれたようなシチュエーションが実際に人生をとりまいていたならば、その生はもっと苦痛でひりひり尖って凍るように情熱的であるはずなのに、小説の中の人々には何の悩みも苦しみも見えず、ただお洒落に表面をとりつくろったお綺麗な人形さんが動いているようにしか見えない。もちろんそれを「主人公は苦しんで生きている」とか書けってんじゃなくて、状況の描写で見せるのが小説というものであるだろ? 筆力的にはラノベの域だ。
作者自身にあまりコンピュータの知識がないのか、ロックされたファイルを開くための謎解きそのものはともかく、実行するツールがあやふやでいかにも作り物、いい加減に書いている感じ。犯人が誰であるかはすれた読者には事件が発覚した瞬間からわかってしまうし、かりそめの容疑者にまったく説得力がないために、警察が本当にほんとうに馬鹿に見える。つまらない引き回しにいらいらする。どのどんでん返し(とおそらく作者は思っているもの)も伏線の張り方も勘違いも裏にあった真実も、すべてどこかで読んだ気がするもの。いろんなものの焼き直しのごった煮。
どの偽装のどの動機にしても、人物がまったく浅薄にしか書かれていないため、身にしみて感じられない。納得できない。
そしてラストの後味の悪さ。救いのかけらもないし、主人公がどうしてその結末を選ぶのか、納得できるような理由の根拠がどこからも読み取れない。これまではむしろそうでない結末を選ぶほうが自然な書きぶりだったはず。
これはどうやらハードボイルドらしいのだが(言われてみれば、ああ、なるほど、と思った。そういうのが書きたかったのか。それで捜査の過程ばかりに重点をおいた書き方や、強引な話の展開や、無意味なセックスシーンや、鳥肌のたつ薄ら寒い「おしゃれ会話」の意図するものがわかった。)だとすると重要なものが欠けている。
哲学だ。
ハードボイルドは、主人公の哲学を語るものだと思う。主人公が直面する残酷な事件や、ハードな現実や、目を覆いたくなるような人間の醜さは、ただ主人公をとりまく環境でしかない。書かれるべきは、その環境の中で醸成された主人公の哲学であるのだ。
だから表面上、ひどい世の中や主人公のドライな対応を書いても意味がない。
そこに「騎士」がいなければ、「汚れた街」を書くことはハードボイルドではないのだ。

目立ってこれが悪い!という壁本でもないのだろうが、これほど「あーあ、読むんじゃなかった」と憤る気力もない諦観に打ちのめされた本も珍しい。怒るとかがっかりするというより、ただひたすら後悔がある。全体的にまんべんなくひどい。