書を捨てられる瞬間

神なるオオカミ・上

神なるオオカミ・上

上巻の数ページを読んだ時、どこまでも続く青空と雪原と、そこに立つオオカミの神々しさと、吐く息が白く凍っていく幻影を見て、「ああ、もういいや」と思った。
ここでこれ以上本を読んでも仕方がない、意味がない。
この風景は、もうそこに行くしかない。
載っている電車の中で差し込む朝日に目を細めて本を閉じてそう思った。
それほど強く心がとらえられた。

けれど電車は地下に潜り、手持ちぶさたになった私は再び本を読み始めた。読んでいる場合じゃないぞ、行かなくては。と思えども、どうしてか私は本を読み続け、読み続け、その合間に仕事をして、そして読み終わった。

やはりどうしてあのときに、本を捨てて旅立ってしまえなかったのだろうと思った。
もうあの豊かな平原はない。もうあの神々は居ない。もうあの人々は去ってしまった。
みんな、みんな、人間が壊してしまった。